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活動と業績

ニュースレター Vol. 4

つくるわかるはかるつかうニュースレター

はじめに

20 年近く前、M1 のときに野崎京子先生(東京大学大学院工学研究科)の有機金属化学の大学院講義を受講して、世界観が変わりました。日本の有機金属化学者が研究を積み重ねてきた様子を、野崎先生がとても楽しそうに話されていたのが印象的で、教科書の中身は「勉強して覚えること」ではなく、「人が研究して作るもの」という実感を得たのを今でも覚えています。実際、野崎先生が主に取り上げたクロスカップリングの化学は 2010 年のノーベル化学賞の受賞対象となり、医薬品や機能性材料の合成を通して私たちの暮らしを変えた技術として発展しています。さて、学術変革領域研究(B)「重水素学」の対象とする重水素化物質の研究はまだ黎明期にあります。ぜひこのタイミングで、私たち日本の研究者で研究教育と分野創出を通して世界を先導し、人の生き方をより良く変える知識をつくっていきましょう!本研究領域で活躍する皆さん全員に、発見のチャンスは待っています。

この 4 月より江藤由香里さんに事務補佐員として参画いただき、ホームページのリニューアルをはじめ領域運営を強力にサポートいただいています。日頃のご尽力に、この場を借りて深く感謝申し上げます。(京都大学・中 寛史)

Deut-Switch キックオフシンポジウム開催報告

2021年4月27日 (火) 14:00から、オンラインにて、Deut-Switch キックオフシンポジウムを開催いたしました(図1)。領域代表者の中 寛史先生より、開会挨拶をいただいた後、A01班、A02班、A03班、A04班それぞれの研究代表者である、澤間 善成先生(大阪大学)、石元 孝佳先生(広島大学)、中 寛史先生(京都大学)、前川 京子先生(同志社女子大学)より、研究計画・進捗をお話しいただきました。さらに、内山 真伸先生(東京大学)をお招きし、『元素の特性を活かした新反応、新分子、新機能、新材料』というタイトルで特別講演を賜りました。シンポジウムの最後には、本領域のアドバイザーである、袖岡 幹子先生(理化学研究所)、田中 成典先生(神戸大学)、福住 俊一先生(名城大学)、山添 康先生(東北大学)からご講評をいただきました。公開セミナーとして研究班内外に周知した結果、開催日当日までに76名の参加登録があり、質疑応答では活発な議論がなされました。簡単ではありますが、本キックオフシンポジウムの内容につきましてニュースレターでご紹介させていただきます。

図1

1,領域代表挨拶 『 重水素が示す特性の理解と活用 』 中 寛史先生

本領域でやりたいことは、「D で世界を変える」ことであり、本領域の目的は、「重水素が示す特性を深く理解し、物質の機能を精密な重水素化によって最大限に引き出すこと」だと示されました。

まず、「1,なぜ、やるのか?」として、本領域の背景について説明がありました。重水素 (D, 2H, deuterium) は、軽水素 (H, 1H, hydrogen) の放射性のない安定同位体であり、137億年前にビックバンで誕生したとされています。1931 年に Harold Clayton Urey が発見して以来、主に軽水素の等価体として様々な分野で利用されてきました。ハイライトとなったのは、2017年に位置特異的に重水素化した医薬分子が、代謝を制御できる分子として、初めて米国 FDA から新薬として承認されたことです。こうした状況を踏まえ、この領域研究では、重水素の特性を深く理解し、活用する新分野「重水素学」を立ち上げ、物質の機能を最大限にいかすデュースイッチ(Deut-Switch)を提案します。続いて、「2,何をやるのか?」では、重水素化物質について (1) つくる (合成法開発)、(2) わかる (理論構築)、(3) はかる (機能開拓)、(4) つかう (代謝研究への利用) の4分野を連動して研究を推進すること、「3,誰がやるのか?」では、各領域の研究代表者が紹介されました。最後に、重水素化された物質の応用分野は、医農薬品に限らないこと、本研究を遂行することで、エネルギー・通信、分子イメージング、中性子分光のような産業的な応用分野に波及効果が期待できることに言及されました。

今後、「重水素学」の発展にむけて、共同研究を広げてチームを大きくしていきたいので、興味を持った方は是非、声をかけてほしいとのことです。領域代表挨拶については、Deut-Switchのホームページ上で公開されています。少し緊張気味ですが、熱く語っている中先生のご講演を是非、お聞きください。

2,『重水素原子置換生体関連物質の網羅的合成と機能性評価』 澤間 善成先生

澤間 善成先生が研究代表を務めるA01班(つくる)には、分担者 江坂 幸宏先生(岐阜薬大)、協力者 山田 強先生(岐阜薬大)、喜多村 徳昭先生(岐阜大)、宮本 寛子先生(愛工大)が参画されています(図2)。

図2

本研究班では、これまで培ってきた重水素化の知識と技術をもとに、重水素原子置換生体関連物質の網羅的合成と機能性評価に取り組みます。基盤となる技術として、最も安価な重水素源である重水を用い、穏和な条件下、高効率で重水素体を得ることができる糖類の直接重水素化反応があります。(図3)。H-D交換反応による重水素標識化は、2-PrOHを水素源として利用する不均一系触媒的多重重水素化と、有機分子触媒を用いた位置選択的重水素化の2つに大きく大別できます(図4)。本研究班では、医農薬分子をターゲットとしていますが、将来的な目標は、医農薬分子にとどまらず、有機合成分野、エネルギー・通信分野、石油識別剤、分子イメージング分野、中性子分光、EL材料などへ研究成果を応用することであり、可能性は無限に広がります(図5)。

図3
図4
図5

3,『重水素科学のための新理論の構築と新概念の創出』 石元 孝佳先生

石元 孝佳先生先生が研究代表を務めるA02班(わかる)には、分担者 宇田川 太郎先生(岐阜大学)、分担者 兼松 佑典先生(広島大学)、及び横浜市立大学、広島大学の学生が参画されています(図6)。

図6

本研究班では、原子核(プロトン)の量子性を顕に考慮したnon-BO電子状態計算手法である多成分系量子論により、重水素化の新理論を構築します(図7)。他成分系量子論の一つであるMC_MO法は水素・重水素分子の核間距離、双極子モーメントを共に高い精度で実験値を再現できることが明らかになっております(図8)。すでに本手法による解析例が論文として多く公表されており(図9)、重水素化の実験値の意味が、理論として「わかる」日が近いと考えます。

図7
図8
図9

4,『重水素化による医薬分子と分子触媒の機能開拓』 中 寛史先生

A03班(はかる)の研究代表者の中 寛史先生より、重水素化物質、特に重水素化による医薬分子と分子触媒の機能開拓について進捗をご発表いただきました(図10)。本研究班には協力者として金尾 英佑 先生(京都大学)が参画されています。これまで中先生は光の利用と光触媒の表面制御により、室温付近の穏和な条件で進む反応、クリーンな選択的合成プロセスを開発されてきました(図11)。

図10
図11

古典的な有機合成プロセスとは異なり高温条件や塩廃棄物の排出を伴わないという特徴をいかして、A04班に提供ずみの抗うつ剤のベンラファキシン-d6等を簡便に合成されています(図12,13)。

図12
図13

本研究班は、選択的重水素化による分子合成を行うA01班と重水素化導入を鍵とした分子設計指針の提案を担うA02, A04班の橋渡しをする重要な役割をしており、物性測定・反応追跡を通して、重水素化による医薬分子と分子触媒の機能開拓に取り組みます(図14)。

図14

5,『重水素化医薬品設計のための薬物代謝酵素が関与するKIEの予測法・評価法の開発』 前川 京子先生

前川 京子先生が研究代表を務めるA04班(つかう)には、分担者 安達 基泰先生(量研)及び、協力者として高橋 知里先生(同志社女子大)が参画されています(図15)。

図15

本研究班ではCYP2D6, CYP2C9, CYP3A4を対象に、各分子種のKIEの特徴と機序を解明し、効率的な重水素化医薬品の開発のために考慮すべき事項を明らかにし、KIEの評価法・予測法を構築することを目的としています。(図16)。A03班からすでに供与を受けたベンラファキシン-d6をはじめ、対象とする基質の例が示されました(図17)。また、本研究班では、重水素化化合物とP450との複合体のX線結晶構造解析を行い、立体構造を確認しながらKIEの効果を考察することに言及されました(図18)。

図16
図17
図18

6,特別講演『元素の特性を活かした新反応、新分子、新機能、新材料』 内山 真伸先生

東京大学大学院薬学系研究科の内山 真伸先生をお招きして、ご講演いただきました。元素化学にまつわるお話を中心に、理論計算と分光学、合成化学を連動させながら、新しい分子を設計、創出、活用する最先端の研究をご紹介いただきました(図19)。ご講演の前半は、ホウ素とケイ素を含むインターエレメント結合の活性化による新たなアニオン性の有機ホウ素化合物の創出法や、ケイ素ラジカルの新しい発生法が焦点でした。これまで見過ごされていた着眼点から、元素の特性を活かして新分子の創出に取り組まれた様子が印象的でした。後半は新しい炭素の化学として、電荷シフト結合に着目した [1,1,1]プロペランの化学や、二炭素分子の化学についてご紹介いただきました(図20)。

図19
図20

7, 講評 外部評価委員

最後に、アドバイザーの先生方からご講評をいただきました。貴重なアドバイスと共に、「重水素学」の新しい一歩となる研究をすすめるよう激励をいただきました。最後に関係者で記念撮影をし(図21)、本シンポジウムを閉会いたしました。

図21

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