ニュースレター Vol.7
はじめに
新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が2021年9月30日に解除されて以来、県を跨ぐ移動や、少人数での対面の会議なども徐々に可能になってきました。このような状況の中、「重水素学」の領域代表者、分担者数名が集まり、学術変革B採択以降初となる対面での第8回領域会議を11月19日(金)に開催しました(図1)。関西周辺の大学に所属するメンバーが多い中、今回は広島大学東広島キャンパスにお越しいただきました。会場は、2021年10月27日に開館したばかりの国際交流拠点施設「広島大学フェニックス国際センター MIRAI CREA (ミライ クリエ)」の大会議室です。この大会議室は最大70名ほどを収容することが可能ですが、今回は、この広いスペースに10名弱の研究者が集まり、お互い物理的に距離を取りながら着席し、十分な『疎』の状態を確保しました。肝心な会議の内容ですが、これまでの成果や今後の新たな連携に向けた提案などご紹介いただき、意見を交わしました。採択後初の対面、ということもあり、みなさんから溢れんばかりの“重水素愛”を感じることが出来ました。これまで、オンラインでのやり取りを中心に進めてきた各班との連携が、今回の領域会議を通じより強くなったと確信しています。ということで、こちらは非常に中身の濃い『密』なものとなりました。
研究期間の折り返し地点を通過したところですが、我々A02班の成果として、重水素医薬品の一種であるデューテトラベナジンのモデル化合物に関する速度論的同位体効果を解析した論文がJournal of Physical Chemistry A誌に掲載されました。これはまさに「重水素学」の取り組みから生まれた論文です。今回の『密』な議論を踏まえ、研究を加速し、成果を積み重ねていくことで、重水素の本当の姿を明らかにしたいと思います。(広島大学・石元 孝佳)
第11回 CSJ 化学フェスタ2021 コラボレーション参加報告
2021年10 月21 日 (木)に、第11回 CSJ 化学フェスタ2021の公開企画において、「重水素学」の今 × 学術変革(B)「革新ラマン」「高分子精密分解」「シナジー創薬学」座談会と題して、オンライン会議を開催しました。会議の前半部分は、我々の研究領域『重水素学』を紹介し、後半は、同時期に学術変革(B)に採択された『革新ラマン』、『高分子精密分解』、『シナジー創薬学』の先生方をお招きして研究領域をご紹介いただきました。『革新ラマン:機能性ラマンプローブによる革新的多重イメージング』からは小関 泰之先生(東京大学 大学院工学系研究科・准教授)に、『高分子精密分解:高分子材料と高分子鎖の精密分解科学』からは、沼田 圭司先生(京都大学 大学院工学研究科・教授)に、『シナジー創薬学:情報・物質・生命の協奏による化合物相乗効果の統合理解と設計』からは、山西 芳裕先生(九州工業大学 大学院情報工学研究科・教授)に、ご発表をいただきました。その後パネルディスカッションに移行し、白瀧 千夏子さん(株式会社アルガルバイオ)の司会進行のもと座談会を開催し、今後の展開を議論しました。班員が知り合ったきっかけ、異分野の人と研究進めるコツ、領域の魅力・楽しさ、領域の未来について、ざっくばらんに各領域代表の心のうちを聞くことができました。うちの領域も頑張らなければ・・と決意を新たにした一日でした。
第4回 Deut-Switchセミナー開催報告
2021年11月2日(火)17:00~19:00に、オンラインにて、第4回Deut-Switchセミナーを開催いたしました(図2)。今回は第7回ABC-InFO、学術変革B『重水素学』、及び『糖化学ノックイン』とのコラボ企画で行われ、我々の領域からは、大阪大学 大学院理学研究科・准教授の花島 慎弥先生に「重水素固体NMRを用いた脂質分子の構造と相互作用の解明」というタイトルでご講演をいただきました(第7回ABC-InFO講演会・交流会 – connpass)。
人工脂質膜において、スフィンゴ脂質とコレステロールは秩序性の高い膜領域(Lipid ordered domain, Loドメイン)を形成し、秩序性の低い膜(lipid disorderd domain, Ldドメイン)と相分離します。生体膜では、スフィンゴ脂質とコレステロールから構成される秩序性の高い膜領域は、脂質ラフトと呼ばれ、種々の膜たんぱく質が集積することで、効率的なシグナル伝達や膜輸送が行われると考えられています。花島先生らは、重水素化脂質を用いた重水素固体 NMRにより、生体膜の機能解析を試みました。図3に示すように、重水素化スフィンゴミエリンを用いた2H NMR測定により得られる四極子分裂の大きさは、局所的なゆらぎを示しており、分裂が大きいほど膜中での脂質アルキル鎖の揺らぎが小さいことが示唆されます。また、24位を重水素化したコレステロールを用いた2H NMR測定により膜中のコレステロールの Lo と Ld 相分布比を詳細に明らかにすることが可能になりました(図4)。さらに、脳内に多く存在する3β-コレステリルグルコシドを重水素化し、スフィンゴミエリンとの相互作用を調べた結果、グルコシル化によりステロール環の角度が膜法線に平行に近づき、膜界面のグルコース部分による脂質間パッキングが阻害されることで、スフィンゴミエリンとの相互作用が低下することを明らかにしました(図5)。重水素化脂質を用いた生体膜の機能解析は、今後の重水素の応用分野として、大変、興味深いものです。