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活動と業績

ニュースレター Vol.6

つくるわかるはかるつかうニュースレター

はじめに

祝・第1回若手重水素研究会!!変革(B)重水素学に参画頂いている若手4人の先生方(下記参照)、企画・運営有難うございました。研究代表者とは異なる切り口で会を盛り上げて頂き、大変勉強になるとともに自分自身もっと頑張らなければと良いプレッシャーになりました。4月に大阪大学に異動して刺激的な毎日を送っております。先日は、赤井周司教授が実行委員会委員長として開催された第63回天然有機化合物討論会の運営に携わらせていただきました。ハイブリッド形式で現地参加者はそれほど多くはありませんでしたが、色々な研究者や学生と交流することができました。やっぱり、対面は楽しいです。タンパク質の解析や酵素反応など幅広い学問の議論の場でした。ここでも、重水素を使った研究が展開されており、「重水素学」という学問の裾野を広げることで新しい未来が開けることを実感しました。

話は変わりますが、重水は甘いらしいですよ。びっくりです。人の舌がH2OとD2Oを識別できるなんて(でも、飲み過ぎたら駄目ですよ。なんで?ニュースレター Vol.2で石元さんが解説しています)。化合物の多くのC-H結合をC-D結合に置換すると臭いが変わるらしいですよ。実験の合間に、嗜好品を重水素化して臭いの変化を楽しんでいます。臭いを数値的に科学するってどうやるんでしょ。こんな技術の発展を切望しています。重水素学が発足して1年が経とうとしています。次の1年、どんな年にするのか皆さん一緒に楽しみましょう。(大阪大学・澤間 善成) 

第1回 若手重水素研究会開催報告

2021年9月10日(金)12:30~に、オンラインにて、第1回若手重水素研究会を開催いたしました(図1)。本研究会は、「重水素」に関係する基礎研究から応用研究まで幅広い分野に携わる若手研究者同士の分野横断的な交流と研究議論の活性化を目指しています。A01班 山田 強先生(岐阜薬科大学)、A02班 兼松 佑典先生(広島大学)、A03班 金尾 英佑先生(京都大学)、A04班 髙橋 知里先生(同志社女子大学)が、実行委員をお引き受けくださり、研究会の立ち上げから当日の運営まで、ご尽力いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。若手口頭発表として13題の演題登録があり、学部生、大学院生、若手研究者の最新の研究結果をご発表いただき、活発に議論する貴重な機会になりました。さらに、招待講演として、浅野 圭佑先生(京都大学)、上田 顕先生(熊本大学)をお迎えし、これまでの研究成果をご紹介いただきました。50名以上の参加があり、大変盛況な研究会となりました(図2)。最後に優秀発表賞の発表があり、投票の結果、学生優秀発表賞(Deut-Switch賞)に山口 祐希さん(阪大院工)、若手優秀発表賞(上田賞)に坂上 弘輝さん(横市大院データサイエンス)、若手優秀発表賞(浅野賞)に田中 津久志さん(九大院薬)が選ばれました。おめでとうございます。本ニュースレターでは、招待講演のご紹介と優秀発表賞の受賞者の声をお届けしたいと思います。

図1
図2

1,『多点活性化有機触媒による選択的反応』浅野 圭佑 先生

京都大学工学研究科の浅野 圭佑先生(図3)をお招きして、ご講演いただきました。有機触媒がもたらす穏和な相互作用を集積させて利用する基質の多点活性化は、他の触媒では難しい立体選択性やサイト選択性の実現、副反応の抑制などに効果を発揮します(図4)。

図3
図4

本講演では、不斉合成反応について、最近の成果を中心に紹介していただきました(Asano K, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94, 694–712.(図5))。さらに、炭素–炭素二重結合(オレフィン)の触媒機能開拓の取り組みとして、トランスシクロオクテン誘導体の歪みオレフィンがもたらすLewis塩基性・配位性に基づく触媒機能について、多点活性化触媒への展望とともに紹介していただきました(Einaru S et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 13863.(図6); Nagano T et al, Eur. J. Org. Chem. 2020, 7131.)。

図5
図6

2,『水素重水素置換が拓く分子性固体の新電子機能』上田 顕 先生

熊本大学先端科学研究部の上田 顕先生(図7)をお招きして、ご講演いただきました(図8)。

図7
図8

同位体は、中性子数は異なるが、陽子数(原子番号)及び電子の数は等しいため、同位体置換を行っても電子構造の変化は通常起こらないと考えられています。一方で、上田先生らは、水素/重水素(H/D)置換により電子構造・機能が劇的に変化する革新的な有機結晶の開発に成功されました(Ueda A et al., J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 12184. ; Ueda A et al., Chem. Eur. J. 2015, 21, 15020. ; Ueda A, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2017, 90, 1181. ; Ueda A et al., RSC Adv. 2019, 9, 18353. ; Ueda A et al. J. Phys. Soc. Jpn. 2019, 88, 034710. ; Isono T et al. Nature Commun. 2013, 4, 1344. ; Shimozawa M et al., Nature Commun. 2017, 8, 1821.)。この系は、π共役系分子同士が[O···H···O]–1型の水素結合で連結された特異な構造を有しており、水素結合部の水素を重水素に置換したところ、電子物性(電気伝導性・磁性)が大きく変化しました(図9)。H/D置換により水素結合のダイナミクス(ポテンシャルエネルギー曲線)が変化し、それに連動してπ共役系分子の電子構造が変化することで、結晶全体の電子構造ならびに電子機能に変化が生じたと考えられます(図10)。同位体置換により電子構造は変わらない、という従来の常識を覆す結果であり、大変興味深いものです。

図9
図10

3,優秀発表賞受賞者の声

1) 学生優秀発表賞(Deut-Switch賞)

『水素重水素交換質量分析を用いたIgG1とFcγ受容体の相互作用解析』
山口 祐希1, 與語 理那2, 3, 鳥巣 哲生1, 谷中 冴子2, 3, 加藤晃一2, 3, 内山 進1, 31阪大院工, 2名市大院薬, 3ExCELLS)

この度,第一回若手重水素研究会において,Deut-Switch賞を賜り,大変光栄に存じます(図11)。ご審査いただきました選考委員の先生方,ならびに実行委員の先生方に,厚く御礼申し上げます。本研究では、重水素の、水素より質量は大きい一方で蛋白質の高次構造は変化させないという性質を利用した、水素/重水素交換質量分析(HDX-MS)を用いて、IgG1とFcγ受容体の相互作用解析を行いました。

免疫グロブリンG1(IgG1)は、がんなどの治療において高い効果が認められている抗体医薬品の有効成分です。IgG1は、がん細胞などの標的に結合した後、免疫細胞表面にあるFcγ受容体と相互作用することによって、その標的分子を破壊する機能を引き起こすことが知られていますが、IgG1と受容体との結合部位は、これまで完全には解明されていませんでした。本研究では、HDX-MSを用いてIgG1と受容体との結合部位の同定を行い、先行研究で同定されていた結合部位に加えて、新たな結合部位を発見しました。本研究の成果は、より治療効果の高い抗体医薬品の開発につながるものであると考えています。(Yogo, Yamaguchi, et al., (2019) Sci. Rep. 9, 11957.)

本研究の遂行にあたりご協力いただきました、所属研究室および共同研究先の先生方、研究者の皆様に心より感謝を申し上げます。HDX-MSを用いて蛋白質の構造や相互作用を観察することは、蛋白質中の水素が重水素へ交換される速度や割合という形で得られる情報を、どう読み解いていくかが難しいところであり、面白いところでもあると感じています。いただいた賞を励みに、今後も研究者としてより一層成長できるよう日々努力してまいります。

図11

2) 若手優秀発表賞(上田賞)

『CPLB法の開発とRh(111)表面へのメタン吸着に対するH/D同位体効果の理論解析』
坂上 弘輝1, 石元 孝佳2, 立川 仁典11横市大院データサイエンス, 2広島大院先進理工)

この度,第一回若手重水素研究会において,上田賞を賜り,大変光栄に存じます(図12)。ご審査いただきました選考委員の先生方,ならびに実行委員の先生方に,厚く御礼申し上げます。本研究では、触媒反応や界面物性などを理解する上で重要となる、金属表面上での分子のH/D同位体効果を、計算化学的なアプローチによって解析いたしました。このような金属表面上でのH/D同位体効果の解析には、金属表面の表面系としての特徴を考慮しつつ、H/D原子の核の量子効果を露に取り込んだ電子状態計算が必要となります。しかしながら、このような計算は平面波基底や局在基底に基づく既存の計算手法のみでは困難を伴います。そこで本研究では、この2つの既存の計算手法の利点を組み合わせた「Combined Plane wave and Localized Basis-sets (CPLB)法」(Ishimoto T et al., Int. J. Quant. Chem., 2018, 118, e25452.)に基づいて、新たに構造最適化計算プログラムを開発・実装しました。開発手法をRh(111)表面へのCH4/CD4吸着に適用した結果、吸着エネルギーや電荷だけではなく、既存の計算では困難であった幾何学的H/D同位体効果を見出すことに成功しました。これらの結果より、本CPLB法は表面上でのH/D同位体効果の解析に非常に有効なツールであることを示すことができました。

本研究では、構造最適化プログラムを実装したCPLB法による分子吸着解析という初めての試みだったこともあり、構造最適化計算がなかなか収束せずに苦労しました。構造最適化の途中でアルゴリズムを変更したり、初期構造を工夫したりすることで収束させることができ、なんとかこの分子吸着におけるH/D同位体効果の解析にこぎつけることができました(Sakagami H et al., RSC Adv., 2021, 11, 10253.)。今後の展望といたしましては、本CPLB法が不均一場における原子・分子の計算に対して、更に汎用的で有効な手法となることを目指して、まずは振動解析やより大きな系への検証とそれに向けた開発を行っていきたいと考えています。

図12

3) 若手優秀発表賞(浅野賞)

『カルボン酸の触媒的α-重水素化反応』
田中 津久志1, 鶴田 朗人1, 松永 直哉1, 小柳 悟1,大戸茂弘1, 矢崎 亮1, 大嶋 孝志11九大院薬)

この度、第1回若手重水素研究会において浅野賞を賜り、大変光栄に存じます(図13)。ご選定いただきました浅野圭佑先生、ならびに実行委員の先生方に心より感謝申し上げます。本研究ではカルボン酸のα位を重水素置換する触媒反応を開発しました。カルボン酸は医薬品中に数多く含まれる構造であるのみならず、様々な官能基に変換可能な合成素子としても重要です。そのため、カルボン酸の重水素化反応は重水素化医薬品や含重水素合成素子の調製法として有用であると考えました。カルボン酸の重水素化反応は佐治木先生の手法を含め報告例がいくつか存在するものの、温和かつα位選択的な重水素化を行える手法はありませんでした。

温和かつ化学選択性に優れたカルボン酸のα-重水素化反応を開発するにあたり、カルボン酸のエノラート化を経るメカニズムが有効であると考えました。当研究室では2020年にLewis酸触媒とBrønsted塩基触媒が協働するカルボン酸の新規エノラート化法を報告しています(J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 4517)。しかし、本触媒系では活性中間体が不安定なジアニオン性エノラートであるため、基質適用範囲が比較的エノラート化しやすいα-アリールカルボン酸またはβ,γ-不飽和カルボン酸に限定されていました。そこで、本研究ではエノラート化がより困難な脂肪族カルボン酸への基質適用範囲拡大を目的として、より安定なモノアニオン性エノラートを活性中間体とする触媒系をデザインしました。すなわち、酸無水物を触媒として用い、混合酸無水物エノラートを活性中間体とすることでより効率的なカルボン酸のエノラート化が可能であると考えました。

本触媒系ではBrønsted塩基触媒によるカルボン酸のエノラート化が可能であり、化学量論量の塩基による酸性プロトンの中和を必要としません。また、本反応ではカルボキシ基を有する医薬品や天然物への重水素の導入が可能であり、体内動態解析研究等への応用が期待できます。さらに、生成物であるα-重水素カルボン酸は、重水素化率を維持したまま多様な構造に変換可能であり含重水素合成素子として有用です。実際に本反応を利用して医薬品候補化合物の重水素置換体を合成し、代謝安定性試験によりヒトミクロソームに対する代謝安定性の向上を確認しました。

裏話として、本研究は発表までに特許出願が間に合うかが大きな問題でした。しかし、大嶋先生や矢崎先生、特許事務所等関係者の皆様のご助力のおかげで、なんとか発表の前日に特許出願に至ることができました。要旨の公開を発表当日に遅らせていただいた実行委員の先生方を含め、関係者の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

図13

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