Results

活動と業績

ニュースレター Vol.9

つくるわかるはかるつかうニュースレター

はじめに

 2020年10月に発足した文部科学省 科研費 学術変革領域研究(B)「重水素学 学問創出プロジェクト」の活動は、2023年3月31日をもって終了いたしました。2023年4月からは、京都大学 学際融合教育研究推進センター 重水素学研究拠点ユニットとして活動を継続いたします。これからもご支援とご協力の程よろしくお願いいたします。学術変革領域研究(B)として活動した2年6か月のなかで、我々は、重水素が関与する研究に魅せられた多くの仲間と出会い、熱く議論し、共同研究を進めてきました。この新しいコミュニティーをますます発展させるよう今後も活動を継続していきます。
 現在、第Ⅲ相試験が進行中の重医薬品に、Hinova Pharmaceuticals Inc.が開発している前立腺がんの治療薬HC-1119(deuterated Enzalutamide)があります。HC-1119は、デューテトラベナジン、ドナフェニブ同様、すでに上市されている軽水素の親医薬品(エンザルタミド)のN-メチル基を重水素化した重医薬品です。第Ⅲ相試験では、無症候性または軽症の進行性転移患者を対象とした経口 HC-1119 (80 mg/day) とエンザルタミド (160 mg/day) との比較による無作為化二重盲検非劣性有効性および安全性試験が行われています。第Ⅰ相試験において、HC-1119は、代謝における重水素化効果によりエンザルタミドと比較して投与量を減少できることが示されています。この結果、エンザルタミドの副作用である中枢性の痙攣発作(発症頻度:約1%)が、HC-1119では回避できると期待されています。第Ⅲ相試験の結果が待ち遠しい限りです。(同志社女子大学・前川 京子)

日本薬学会第143年会(札幌)報告

 2023年3 月28 日 (火) 14:00~16:00に、日本薬学会の一般シンポジウムS59にて、「重水素創薬:重水素の基礎から重医薬品まで」と題して講演を行いました。

[趣旨説明] 重水素創薬とは? 中 寛史(京大院薬)
[S59-01] 重医薬品の開発動向 -将来への期待と課題- 前川 京子(同志社女子大薬)
[S59-02] 重水素創薬を指向した分子触媒化学 中 寛史(京大院薬)
[S59-03] 重水素化アミノ酸によるラマン代謝イメージング 小関 泰之(東大院工)、スペンサー ジョン スプラット(東大院工)、小幡 史明(理研)
[S59-04] 創薬に資する重水素化分子の合成と応用 澤間 善成(阪大院薬)
[S59-05] 重水素化分子のキラル分光分析 谷口 透(北大院先端生命)
[S59-06] 重医薬品の設計に向けた理論計算 -機能発現における起源は何か?- 石元 孝佳(広島大院先進理工)

簡単ではありますが、本セミナーの内容につきましてニュースレターでご紹介させていただきます。

 [趣旨説明]では、中 寛史先生から2017年の重水素化医薬品の登場と重水素化のメリット、さらには科研費学術変⾰領域研究(B) 「重⽔素学」(2020.10‒2023.3)の概要に関する説明がありました(図1-3)。また本シンポジウムでの講演内容と講演者の紹介がありました(図4)。

図1
図2
図3
図4

 [S59-01]では、「医薬品の開発動向 -将来への期待と課題-」と題して、前川 京子先生から重医薬品開発の歴史(図5)と、既に上市された3種の重医薬品(デューテトラベナジン、ドナフェニブ、デュークラバシチニブ)が有する重水素効果、臨床試験での薬物動態試験の成績等が紹介されました。重医薬品には、その薬力学的・動態学的変化の戦略として3種のパターン(1. Metabolic shunting, 2. Reduced systemic clearence, 3. Decreased pre-systemic metabolism)に分類されることが示されました(SL. Harbeson et al., MEDCHEM NEWS No.2, Concert Pharmaceuticals, MAY 2014.)。また、現時点で臨床試験が実施されている重医薬品に関してご紹介がありました(図6-7)。学変革領域研究(B)の成果として重水素化ロサルタンのin vitro KIE試験の結果が報告されました。

図5
図6
図7

 [S59-02] では、「重水素創薬を指向した分子触媒化学」と題して、中 寛史先生より不均⼀系光触媒を利⽤した重⽔素化医薬品の合成としてベンラファキシン、リバスチグミンの重水素体合成法が紹介されました(図8)。また、これまで重医薬品は重水素化試薬を用いた多段階合成により合成されてきましたが、学術変革領域研究(B)の成果として医薬品を重医薬品に変換する方法を開発されました(図9-10)。いずれの手法も比較的安価な重水素化試薬を用いて合成終盤に重水素化部位を位置選択的に導入するための方法論として有効です。

図8
図9
図10

 [S59-03] では、「重水素化アミノ酸によるラマン代謝イメージング」と題して、小関 泰之先生より、SRS分光顕微鏡を活用した重水素化メチオニン (d-Met)の細胞内分布のイメージングのご紹介がありました。本手法は、アルキン標識したMet類似体であるホモプロパルギルグリシンを用いる従来の手法と同程度の信号強度があり、かつ細胞活動への影響が少ないこと、また他のアミノ酸にも展開できることが利点です。マイクロメートルオーダの解像度で代謝プロセスを研究するための有用な手法と考えられます。

 [S59-04] では、「創薬に資する重水素化分子の合成と応用」と題して、澤間 善成先生より、もっとも安価なD2Oを用いた有機分子の直接的な重水素化法(H/D交換反応)の開発に関してご紹介がありました(図11)。澤間先生は、白金族触媒や有機触媒、光触媒などを活用し、直接重水素化できない物質においては、段階的な手法により、飽和脂肪酸・芳香族化合物・糖類・PEG・界面活性剤などの重水素化体の合成に成功しています(図12)。学術変革領域研究(B)の成果として、融点や水溶性などの物性が重水素体と軽水素体では異なること、さらにラマン分光を用いた分子イメージング材料としての可能性についてご紹介がありました(Asian J. Org. Chem. 2023, e202200690)。

図11
図12

 [S59-05]では、「重水素化分子のキラル分光分析」と題して、谷口 透先生から、赤外円二色性(VCD)やラマン光学活性(ROA)分光法により、重水素を有する不斉炭素のキラリティー決定法に関してご説明いただきました。谷口先生は、分子の解析したい部位の構造情報を、通常の分子が強い振動吸収を示さない2100 cm-1領域に抽出して観測する方法論の開発に取り組んでいます。本講演では、重水素化メトキシ基(-OCD3)を還元末端1位に有する各種の糖のVCD研究においては、-OCD3の対称伸縮振動ならびに非対称伸縮振動に由来するVCDシグナルによって還元末端1位のキラリティーを決定できることをご紹介いただきました(Org. Biomol. Chem. 2022, 20, 1067.)。

 [S59-06]では、「重医薬品の設計に向けた理論計算 -機能発現における起源は何か?-」と題して、石元 孝佳先生から、重水素置換効果の本質を理解・解明し、統一的な概念を創出すべく、重水素原子核(デューテロン)の量子効果に着目した新しい量子化学計算手法の開発についてご紹介がありました(図13)。本法は、デューテロンの量子効果が電子状態に与える影響を直接考慮することができ、通常の量子化学計算の前提となるBorn-Oppenheimer(BO)近似を用いないnon-BO型の多成分系量子論です(図14)。開発手法をH2分子およびその重水素置換体であるHD、D2分子に適用すると、プロトンよりもデューテロンの波動関数がより局在化することで原子間距離が変化し、さらには電子状態にも反映し、HD分子が双極子モーメントを持つ、という実験事実を再現できました(図15)。学術変革領域研究(B)の成果として、重水素化医薬品に対する本質的な理解・代謝反応解析に向けた方法論の開発状況をご紹介いただきました。

図13
図14
図15

加えて、日本薬学会第143年会(札幌)では、我々と一緒に研究を共にした多くの学生が成果を発表し、その一部は、学生優秀発表賞を受賞いたしました。おめでとうございます!!

・硫黄含有有機化合物の光触媒的重水素化法の開発
前 光結、小笠原 陸、赤井 周司、澤間 善成
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(ポスター).
学生優秀発表賞受賞!

・重水素導入による不斉相関移動触媒の頑健化
村山 聖、Li Zhurong、Liang Huatai、Liu Yan、中 寛史、丸岡 啓二
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(口頭).

・キャピラリー電気泳動法を用いた重水素による分子物性変化の観察
江坂 幸宏、前田 大樹、高須 蒼生、山本 拓平、宇田川 太郎、澤間 善成
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(ポスター).

・重水素ロサルタン代謝実験による速度論的同位体効果の評価
小林 文音、北島 由紀、大平 真理、瀬古 寿々菜、高橋 知里、糸賀 萌子、奈良岡 あすか、中 寛史、前川 京子
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(ポスター).
学生優秀発表賞受賞!

・重水を用いた多様な重アルキル化剤の創製と利用
阪 一穂、小山 珠希、赤井 周司、澤間 善成
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(口頭).

・アルキルトリメチルアンモニウムクロリドの位置選択的重水素化とラマン分光解析
森山 将吾、松田 拓海、阪 一穂、藤岡 礼任、神谷 真子、寿 景文、小関 泰之、赤井 周司、佐治木 弘尚、澤間 善成
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(口頭).

・ポリエチレングリコール類の光触媒的重水素化反応の開発
小笠原 陸、前 光結、赤井 周司、澤間 善成
日本薬学会第143年会、2023年3月25日–28日、札幌市、北海道大学(口頭).
学生優秀発表賞受賞!

この記事をシェアする

研究者・学生の皆様へ

私たちは、様々な分野で協働していただける方をお待ちしております。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。

ご支援のお願い

重水素学の研究を推進し、成果を社会に還元するため、皆様からの温かいご支援をお待ちしております。

関連情報